競馬の宇都宮と思った今日
I日の状況があるわけだ。思うに、その敗者の弁護団員は、全員自分をキレイと思っているのではないだろうか。快楽をキタナイものとしているわけだから、それに無縁の彼らは自らをキレイだと信じて、それを心の拠り所にしているだろう。ふと気づけばまた今回もひどいことを言ってしまっている。が、まあしょうがない。僕はキレイではないのでしょうがない。さて先日さんざん愚痴を言ったのだが、そのことの解決がひとつここにあった。娯楽と快楽の両方を求める人間と、娯楽を求めながらも快楽には目を伏せる人間がいるのだ。この両者は立場が違うから、相互理解の握手はなかなかできない。僕のほうからは、今となっては、そうかお前は快楽を否定する